生温かい温気がどんどんと濃度を増してゆき、空から垂れ込める周囲の気配が彩度を落とした鈍色に染まる。風が微かに金物の匂いを孕んでいて、ああ来るなという予感がしてはいた。早めの対処が一応は取れたのは幸いなことだったが、結構勢いのある雨脚が追って来て、さしもの“音速の騎士”さんでも逃げ果おおすことは敵わなかった模様。軽やかな足取りで、広いストライドを保ったまま。結構な上背のある青年が、トレーニングウェアに肩からドラムバッグを提げてという、いかにもどこぞでの練習帰りといういで立ちで、降り出した雨に眉を寄せつつ、通りを駆けていたのだが、
「…っ。」
人通りも車の通行も少ない道端に佇んでいたのは、透明樹脂の屋根が設けられたバス停で。屋根にばらばらと当たる雨脚の音が喧やかましかったが、降りかかる雨だけは避けられそうなのが助かるなと、中へ駆け込む。一応のこと庇を見上げ、割れ目のない乾いたところを慎重に見極めると、ベンチに腰掛け、懐ろに抱えていた大きめの包みを膝に置いて見下ろす。随分と大きめの、布にくるまれた包みであり、上背があって大柄な彼だから“包み”に見えたが、それは丁寧に抱え直したそのまま、雄々しい左腕にてぐるりと抱いて、片方の手で上半分の部分をはだけた中から、
「はふ〜〜〜。///////」
お顔を出した小さな子供が、素潜りから水面へ上がって来たかのような息をついたりしたもんだから。………目撃者が居たならば、ぎょっとして目を剥き、せいぜい驚いただろうことは疑いないぞ、仁王様。(苦笑) もっとずっと小さな小さな赤子の“おくるみ”のような包まれ方をしていた男の子へと、
「苦しくはなかったか?」
抱えていた青年が心配そうに声をかける。さすがにきっちり“梱包”していた訳ではなくて、お顔の側は布…実は大判のスポーツタオル2枚重ねを、かぶせぬようにして開けていたし。だから呼吸は確保されてた筈ではあったが、なにぶん、濡らさぬようにとしっかと抱えていたもんだから。どんな事態の渦中であれ、何よりも愛惜しい存在だという認識に変わりはなく。だからこそ…手荷物扱いしてしまったことが悔やまれてしようがない進清十郎さん、王城高校二年生であり、
「へーきですvv」
面白かったですようと、音が聞こえそうなほど、屈託なくも“にこにこvv”と笑う小さな彼は、小早川瀬那くんという男の子。ふかふかのくせっ毛と、仔犬のそれのように黒々と潤み、零れ落ちそうなほどに大きな眸をした、華奢で小さな小学二年生で。それから、あのね? ほあいとないつの進さんが、大〜い好きなのぉvv …って、ト書きのお仕事まで乗っ取るでないってば。(苦笑)
「…雨あめ、やまないですか?」
「うむ…。」
その、大好きな進さんのお膝の上で、おくるみから出してもらったセナくん。少しほど涼しい雨の気配を、きょろりと周囲へと見回した。今日は進さんのアメフトチームの試合があって、勿論のこと、進さんとか桜庭さんが活躍して大勝利を収めたのだけれど。王城高校までバスで帰りついた頃から、何だかお空の具合が怪しくなってて。今日は練習はもうないからって、セナくんを送って来なさいなって桜庭さんから言われた進さん、JRに乗ってセナくんチがあるご近所まで辿り着いてくれたのだけれど。バスが出た後だったから、あのね、走って送ってくれることになって。そしたら、この雨、とうとう降って来ちゃったの。
「あと少しだしな。」
今更タクシーを呼ぶのもあまりに中途半端な距離。進さん、スポーツタオルを広げると、お膝の上のセナくんを見下ろして、柔らかな髪、何度も撫でてくれたけど、
「…ヤですぅ。」
おやや。小さなセナくん、むいむいと身じろぎ、イヤイヤをして降りたそうな気配。やっぱり窮屈だったのかな、とはいえ、きっちりとおくるみしてかないと、傘がない…訳ではないながら、実は日頃から、必要と思わず、駆けて駆けて過ごして来た不器用さん。しかも、速やかに…ということになるなら、到底濡らさずには送れやしないだろうと、妙なことへ思い切り自信のあるらしき進さんで。
「セナ。」
「いや。」
小さなセナくんが、進さんを相手にむずがるというのも、思えば珍しいことで。とうとう“よいちょ”とお膝から降りかかるのを、それだけは許さんと捕まえれば、
「………だって。」
ふくふくとした頬を少しほど膨らませ、ううと悲しそうなお目々が上目遣いして来たものだから。
「………っ。」
これに動じないなんて、進ったら どっか訝おかしいんじゃないの? なんて、桜庭さんから容赦なく言われている進さんだけれど、
“…堪こたえない筈がないではないか。”
その分厚い胸へと思い切り突き立つ罪悪感に、声もなくなる彼だということ、大丈夫ですよ、肝心なセナくんにはちゃんと通じていて、
「…だって。」
進さんを困らせるなんていけないことをしたと、判ってはいるけど、あのねあのね? 大きなお手々で頬っぺを撫でてくりるのへ、こちらからも 頬っぺすりすりをして、
「だって、進さんは、とっても駆けっこ速いから。」
「ああ。」
「進さんの抱っこで帰ったら、あっと言う間にお家に着いちゃうもの。」
「む…。」
ああ、そうでしたか。それで…ヤダヤダとむずがっていたセナくんでしたか。駄々は駄々でもこればっかしは譲れませんと、珍しくも頑迷に、むむうと膨れたまんまのセナくんから、そんな言い分を聞いた進さんも、
「………。」
素のお顔のまんまにて黙り込む。妙な顔合わせでの、しばしの睨めっことなってから。
「………判った。」
おおう、打開策が出た模様です。さあさあと降り止まぬ雨の中、それは真摯なお顔のお兄さんが、これほど熟考なさって出た結論は。
「これから送って行ったセナのお家で、少しほど雨宿りをさせていただこう。」
「…雨宿り?」
むいと膨れていたセナくん、ちょびっと意味が判らなくって。大きな瞳をきょろんと瞬き。そんな愛らしい子の髪を、大きな手のひらが優しく撫でてやり。その温みに首をすくめた、何とも愛らしい仕草へと眸を細めた仁王様、
「今日はもう練習もないからな。雨が少し、そうもっと小やみになるまで、セナのお家に居させてもらおう。」
「あ…。///////」
まだまだ一緒にいられるよと、和んだ眼差しでそんなお答え、出してくれた進さんへ、
「きゃいぃぃいぃ〜〜〜〜Vvv」
嬉しそうに抱きついた、何とも現金なセナくんで。そうと決まれば今度はネ?
「進さん、早く帰ろ、いそいで帰ろっ!」
自分から小さな肩へと、不器用そうにタオルを羽織り始めたから、まったくもって調子のいいこと。
“もしかして、妖一からの影響だろうか。”
どうもこの頃、妙に調子がいいところが増えたようなと、一番間近い“要領のいい子”をついつい思い出した仁王様だったけれど、早く早くとせがまれてはネ、他所のお兄さんの大切な子供を思い出してる場合ではなくて。手早くくるんだ小さな宝物、しっかりと懐ろに抱え直して。高校最強最速のお兄さん、雨の中へと駆け出した。あなたの脚でなら ほんの数刻。風邪を拾う前にも着けますよねと、大きな背中を見送って、秋のまだ柔らかなイチョウ並木が梢を揺らした、とある夕刻のお話でございましたVvv
「ちょっと待て。俺はルイの付属なのか、進の認識下では。」
「それはやっぱ、考え直してもらわんとだよな。」
「………なんでルイまでがそう言い出すのかな?」
「………お前こそ、何で突っ込む。」
〜Fine〜 05.9.27.〜9.28.
*他のお話についつい注意が逸れてまして、
久々に間が空いたこちらのコーナーでしたが。
TVゲームのルイさん登場に、
ほんの一瞬だったのにきっちり反応してはしゃいだ私って一体…。
ルイヒル話もちゃんと書きますので、しばしお待ちを。
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